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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)3620号 判決

主文

当裁判所が昭和四四年(手ワ)第一、二五三号約束手形金請求事件につき同年七月一日言い渡した手形判決を取り消す(ただし、被告の関係において)。

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告は、「被告は原告に対し、金一〇〇万円とこれに対する昭和四四年五月一二日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、また、被告の抗弁に答えて、つぎのとおり述べた。

一、請求の原因

(一)  原告は、被告振出にかかる別紙約束手形目録表示(1)のとおりの約束手形一通を所持しているものであるが、満期の日に支払場所で支払いのため右手形を呈示したが、支払いがなかつた。

そこで、原告は、振出人である被告に対し本件手形金一〇〇万円とこれに対する満期日である昭和四四年五月一二日から支払いずみに至るまで手形法所定年六分の割合による利息金の支払いを求める。

(二)  仮に、笹谷新吾が被告の代表取締役を退任後の昭和四四年一月一四日以後に本件手形を振り出したとしても、同人は従来被告の代表取締役であつて手形振出の代理権を有していたのであり、退任後同人が振り出した被告名義の手形が支払場所である株式会社泉州銀行において決済されていたので、原告は、同人に本件手形振出の権限があるものと信じ、善意・無過失で本件手形を裏書により取得したものであるから、被告は笹谷による右手形の振出につき表見代理の責任を免れない。

(三)  仮に、以上の主張が理由がないとしても、笹谷は、被告の代表取締役退任後に被告の取引銀行である株式会社泉州銀行から被告の代表取締役印を使用して手形用紙の交付を受け、これを利用して本件手形を振り出したものである。被告は、笹谷から代表取締役印を取り上げることもなく、また、株式会社泉州銀行への届出印もそのままに放置していたのであるから、笹谷の本件手形の偽造につき過失があつたものというべく、原告に対し不法行為の責任を免れない。

そして、原告は、笹谷の本件手形の偽造により同手形金の支払いを受けることができなかつたから、これと同額の損害を被つた。

よつて、被告は原告に対し、本件手形金と同額の損害賠償金一〇〇万円とこれに対する右手形金の支払いを受けることができなかつた昭和四四年五月一二日から支払いずみに至るまで手形法所定年六分の割合と同率の遅延損害金の支払義務がある。

二、被告の抗弁に対する答弁

被告の抗弁事実のうち、笹谷新吾が本件手形の振出当時被告の代表取締役であつたことを認めるが、原告が右手形の振出が無効であることを知らなかつたことにつき重大な過失があつたことを否認し、その余は不知

第二、被告訴訟代理人は、主文第二・三項と同旨の判決を求め、請求の原因事実に対する答弁および抗弁として、つぎのとおり述べた。

一、請求の原因事実に対する答弁

(一)  請求の原因事実(一)のうち、原告が満期の日に支払いのため本件手形を呈示したが支払いがなかつたことを認めるが、被告が右手形を振り出したことを否認し、その余は不知。

右手形は笹谷新吾が偽造したものである。すなわち、笹谷は、被告の代表取締役であつたが、任期満了によつて昭和四三年九月一六日の新取締役の選任により代表取締役を退任し、同年一二月二八日その旨の登記を経由したにもかかわらず、昭和四四年一月一四日以後に被告名義を冒用して勝手に本件手形を振り出したものである。

(二)  請求の原因事実(二)のうち、原告が笹谷の代理権の消滅につき無過失であつたことを否認する。被告は、昭和四三年一二月二八日笹谷の代表取締役退任の登記をしているから、商法第一二条によりこのことを善意の第三者に対抗することができる。

また、原告は、いわゆる高利貸であつて、手形割引に際して商業登記簿を調査すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠つたものであるから、笹谷の代表取締役退任による代理権の消滅を知らなかつたとしても、知らなかつたことにつき過失がある。

(三)  請求の原因事実(三)のうち、被告が笹谷の本件手形の偽造につき過失があつたことを否認する。

笹谷は、昭和四一年一一月一八日取締役退任により被告の代表取締役の資格を喪失したが、昭和四三年九月一六日の取締役就任まで引続き商法二六一条第三項、第二五八条第一項により代表取締役としての権限を有していたが、右新取締役選任の株主総会の決議の効力を争い、今日に至るまで自分が依然として被告の代表取締役であると主張し、被告の手形帳、印章を引渡さない。そこで、被告は、笹谷に対し被告の手形帳、代表取締役印等を大阪地方裁判所執行官に保管させることを命じた同庁昭和四四年(ヨ)第一〇、〇〇一号帳簿等占有移転禁止仮処分決定正本に基づき、昭和四四年一月二〇日、同月二七日の両日四か所においてその執行をしたが、笹谷がこれを隠匿したため徒労に終つた。したがつて、被告は、手形用紙と代表取締役印等をそのままに放置していたのではなく、前記のような努力にもかかわらず、笹谷の不法、不当な抵抗によりこれらを取り上げることができなかつたのであつて、同人の本件手形の偽造につき被告に過失がない。

二、抗弁

仮に、笹谷新吾が被告の代表取締役在任中に本件手形を振り出したとしても、同人は、自分が代表取締役をしている安威川開発株式会社のために、同会社の水村組こと佃国丸に対する月見丘ゴルフ場造成工事代金の支払いのため右手形を振り出したものであるから、取締役と会社間の取引として商法第二六五条により被告の取締役会の決議を要するところ、その決議を経ていないから、本件手形の振出は無効である。そして、受取人である水村組こと佃国丸ならびに裏書により右手形を取得した株式会社サカエ商店および原告は、右事実を知つて同手形を取得したものであり、仮に知らなかつたとしても、知らなかつたことにつき重大な過失があつたから、被告は原告に対し本件手形金の支払義務がない。

第三、証拠関係(省略)

別紙

約束手形目録

(昭和四四年(ワ)第三、六二〇号)

〈省略〉

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